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【アーティスト紹介 Vol.18】照沼 響さん – ヴィオラ奏者

船橋にゆかりのある音楽家をご紹介。第18弾はヴィオラ奏者の照沼 響 (てるぬま ひびき)さんにお話を伺いました。

子どもたちの成長を願うヴィオラ奏者

ふなおん

はじめに照沼さんと船橋とのつながりを教えてください。
生まれも育ちも船橋で、大穴北小学校〜御滝中学校の出身です。中学の管弦楽部でヴィオラを始めたことが、私のヴィオラ奏者人生の出発点です。

中学卒業後は千葉女子高校オーケストラ部でヴィオラを続けた後、武蔵野音楽大学に進みました。

現在は部活動や個人レッスン、演奏活動などの傍ら、市内の小学生と関わる仕事をしています。

照沼さん

ふなおん

市内の小学生と関わる仕事もされているのですね。
小さい頃からずっとガールスカウト活動に取り組んでいたこともあり、子どもと関わるのは好きなんです。

日々成長し続ける子供達から私自身も刺激を受け、毎日楽しく過ごしています。

照沼さん

小学校の先生が音楽の才能を見出してくれた

ふなおん

照沼さんと音楽との出会いを教えてください。
小学校1年生の時から近所のピアノ教室に通っていました。母がピアノを習わせたかったことと、周りの友達がピアノを習い始めたことに影響されました。

普通のピアノ教室はピアノのレッスンだけだと思うのですが、この教室では生徒みんなでのハンドベル等の合奏で、地域のイベントに参加する機会がたくさんありました。

特に合奏では「みんなで一緒に音楽を奏でるのって楽しいな」と、幼いながらに感じていました。

照沼さん

ふなおん

ピアノの舞台で印象に残っているものはありますか?
ピアノのおかげで私の音楽人生が動き出した印象的な出来事があります。

小学校の合唱祭で、それまではずっと先生が伴奏をしていたのですが、当時の音楽教諭だった宇野磨美子先生から「照沼さん、合唱祭のピアノ伴奏やってみない?」と突然お声がけ頂いたんです。

自信もなかったので断り続けていたのですが「照沼さんには音楽の力がある。あなたにやって欲しい」という言葉に背中を押されてピアノ伴奏を引き受けたのが、私の音楽人生の最初の転機でした。

照沼さん

ふなおん

まさに音楽の才能を見出された瞬間ですね!宇野先生は照沼さんのどんなところ見て、音楽の力があると思ったんでしょうか?
それが未だに謎なんです。ぜひ直接聞いてみたいのですが卒業後連絡が取れず、お会いできたら一言お礼が言いたいです。

また、小学校には宇野先生以外にも音楽の道を応援してくれた先生がいました。地元学区の中学校では音楽の部活が無かったので、中学校では音楽の部活をやりたいと当時の担任の先生に相談したところ、管弦楽部のある御滝中学校への学区変更に協力していただき、御滝中学校に通う事ができたんです。

照沼さん

音楽の道を決意させた海外での演奏体験

ふなおん

御滝中学校の管弦楽部でヴィオラに出会ったとのことですが、ヴィオラを選んだのはなぜだったんですか?
御滝中学校管弦楽部の定期演奏会へ行った際に、先輩方の演奏姿に憧れ、その中でも1番かっこよかった打楽器が第一志望でした。楽器決めのオーディションがドラムロールだったのですが、競争相手が小学校時代からの経験者で、あっさり負けてしまったんです。

その後で他の楽器を色々と体験させてもらったなかで、ヴィオラだけがすんなり音を出すことができたんです。そこで「何となくヴィオラが向いてるのかな」と思って始めました。

照沼さん

ふなおん

中学校の部活動はいかがでしたか?
コンクールだけでなく、御滝不動尊のお祭りや千人の音楽祭といった地域イベントなど、演奏機会がとてもたくさんあったのが楽しかったです。

中でも特に楽しかったのが、公民館の文化祭等の演奏で、目の前のお客様が自分たちの演奏を楽しそうに聴いてくれる姿を間近に見るのが本当に嬉しかったです。

ただ、最後の定期演奏会には苦い思い出があって…一曲目でいきなり弦が切れちゃって、ものすごく動揺してしまって最後まで満足のいく演奏ができなかったんですよね…

照沼さん

ふなおん

それは中学生にとってはキツい経験ですね(汗)高校でもオーケストラを続けたんですよね?
はい。高校でも楽器を続けたくて、千葉女子高校を選びました。千葉女子高校オーケストラ部との合同練習やコンクールでの実績、先輩方の雰囲気や音楽表現に惹かれて進学を決めました。

照沼さん

ふなおん

その頃から音楽の道に進もうと思っていたのですか?
そんな気持ちは全然なく、高校2年生までは小学校の音楽の先生になるつもりでいました。

照沼さん

ふなおん

ということは高校2年生のときに何かがあったんですね?
千葉女子高校オーケストラ部は2年ごとに海外での演奏旅行があり、私は高校2年生の時にスイスとドイツでの演奏旅行に行きました。

そこでまさに音楽の持つ「言葉を超える力」を感じたんです。

演奏中、私たちが”こう表現しよう”と奏でた音楽に対して、お客様の心が応えてくれるのを感じたんです。言葉は通じなくても、音楽で心と心がつながった!と思えた瞬間でした。さらに演奏後のスタンディングオベーションにも感動して、「音楽には無限の可能性がある」「この先もずっと音楽に携わっていきたい!」という決意が芽生えました。

照沼さん

ヴィオラ奏者は影の支配者?

ふなおん

そんな体験があったのであれば、急な進路変更の決意も納得です。しかし音楽大学への進学となると、一般大学受験とは違った準備も色々と必要ですよね?
音大受験を目指す人は小さい頃から先生に就いて準備をするのが一般的なのですが、私は遅まきながら高3になって初めてヴィオラの個人レッスンを受けました。そこで出会った先生とのご縁もあり、武蔵野音楽大学を目指すことにしました。

入試科目は実技だけでなく、楽典やソルフェージュもあります。それらについては全く経験が無かったので、準備にとても苦労しました。その準備を手伝ってくれたのは、学校の音楽の先生や部活仲間です。

特に部活仲間たちは、それぞれ専属家庭教師のような形で音楽科目の勉強に付き合ってくれました。厳しい部活でしたが、音楽を通じて育まれた絆に、家族のような頼もしさも感じられました。

そんな周囲の支えもあり、何とか武蔵野音楽大学に現役合格することができたんです。

照沼さん

ふなおん

音楽大学での生活はいかがでしたか?
周囲のレベルの高さに圧倒されるばかりでした。特にそれまでの独奏経験の少なさから、ソロ演奏は本当に苦労しました。

その反面、部活動で鍛えられたアンサンブルについては自信を持って取り組むことができました。オーケストラの授業には「私がこのオケを支えているんだ」という意識で取り組み、首席ヴィオラ奏者を任せてもらうこともできました。

照沼さん

ふなおん

音大生はコンクールに挑戦する人も多いですが、照沼さんの場合はいかがでしたか?
音楽で競い合うことがあまり好きになれず、コンクールには消極的でした。

それでも先生の薦めもあっていくつかのコンクールに出場し、予選を通過したこともあったのですが、本選は授業等の予定と重なってしまったことや点数を付けられる怖さから逃げてしまいました。

コンクールでの実績が無いので、音楽家としての知名度が低いことは悩みの1つです。

照沼さん

未来の可能性に満ちている子どもたちへの想い

ふなおん

ヴィオラはちょっと地味といったイメージを持たれることもありますよね。

他の楽器のほうが良かった、なんて思うことはありませんでしたか?

一度もありません。私はソロよりも伴奏やリズムの刻みに生きがいを見出すタイプのようなので、ヴィオラは本当に向いていると感じています。

また、ヴィオラは室内楽やオーケストラの中では、全体を見渡して支える役割を果たします。実はヴィオラ奏者が演奏全体を影で操っているという場面も多く、そんなところも面白いんですよ。

その他に、ヴィオラ奏者はチャンスを掴みやすいという面があります。ヴィオラを専門とする人は少ないのですが、ヴィオラは室内楽やオーケストラには必要不可欠な楽器なので、呼んで頂ける機会はとても多いんです。

照沼さん

ふなおん

子どもに関わる活動をしていきたい、というお話が最初にありました。

やはり照沼さん自身が小学校の先生との出会いや部活動での経験をきっかけに音楽の道に進まれたことが関係しているのでしょうか?

その通りです。そのほかに、大学生の頃からずっと取り組んでいる指導者としての経験も大きく影響しています。

子どもから大人まで幅広い年代の方を教えてきましたが、やはり中学生くらいが一番伸び代があります。また、中学や高校のときに物事を教わる先生って、単にスキルだけを教えてもらうのではなく、その後の人間性にも大きな影響を与える責任を背負っているとも感じています。

だからこそ、音楽的に最も重要な10代の頃に、適切なスキルはもちろんのこと、将来にわたって物事に取り組むベースになる自己肯定感を育むことに携われたらと思うようになりました。

照沼さん

ふなおん

確かに、若い頃に誰から学ぶかは重要ですね。その目標に向かって具体的なアクションは何か取り組まれているのでしょうか?
部活動への指導はアクションの一つですが、その他はまだはっきりとした形は見えていません。小学生と関わる仕事をはじめ、子どもたちとの接点を持ちながら、色々と模索している最中です。

照沼さん

船橋への想いと今後の展望

ふなおん

照沼さんが思う船橋の良いところ・もっとこうだったら良いのにというポイントを教えてください。
音楽関係の部活動が盛んなのがとても良いですよね。近くに競い合える人たちがいるのは張り合いになります。

また、特に「千人の音楽祭」が思い出深いです。私も何度も参加しましたが、あんな規模の音楽祭をできる街は他に無いのではないでしょうか。

ただ、部活動引退後に趣味として演奏する機会が足りていないのかもしれません。学校卒業と同時に音楽もやめてしまうという人が多いのは本当にもったいないと感じます。

また、本格的に音楽を仕事にしたいという人たちが活躍できる場面も少ないのかなもしれません。なので本格的にやりたい人ほど東京に出て行ってしまう。せっかく部活などで音楽にのめりこんだ人が船橋を出ていってしまうのも、非常にもったいないと思います。

照沼さん

ふなおん

最後に、今後の照沼さんの展望をお聞かせください。
私自身、お客様と距離の近い演奏の場が好きなので、身近に演奏を聞いてもらえる機会をたくさんつくることで、地元船橋が音楽であふれる街になることに少しでも貢献できたらと思っています。

もう一つやりたいのが、上で述べた部活動引退後に演奏の機会を求めている人たちの活動の場づくりです。音楽を通じて仲間のつながりを広げてほしい。そして、音楽と共に心を豊かに出来るお手伝いができたらと思います。

照沼さん

照沼 響 – ヴィオラ奏者

千葉県船橋市出身。御滝中学校管弦楽部にてヴィオラを始める。

千葉県立千葉女子高等学校卒業。在学中オーケストラ部にてドイツ・スイス演奏旅行を経験。

 

武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科卒業。ヴィオラを恵谷真紀子、室内楽を深山尚久各氏に師事。武蔵野音楽大学管弦楽団のヴィオラ主席を務める。

 

現在は多数のオーケストラでの演奏活動の傍ら、小・中・高等学校の管弦楽部指導や音楽教室の講師など後進の指導にあたる。また、老人ホームや保育園演奏などの出張演奏にも積極的に取り組む。

 


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