【アーティスト紹介Vol.10】山田 翔さん – シンガーソングライター

船橋にゆかりのある音楽家をご紹介。第10弾はシンガーソングライターの山田 翔(やまだ しょう)さんにお話を伺いました。

茨城出身・埼玉在住、でも船橋を拠点に活動するシンガーソングライター

ふなおん

はじめに山田さんと船橋とのつながりを教えてください。
私は茨城県取手市出身で、今は埼玉県川口市に住んでいます。なので一見すると船橋とは縁遠い人間なのですが、様々な出会いに恵まれて船橋を自分の音楽活動の拠点としています。川口と船橋それぞれで3:7くらいの比率で演奏活動を行なっています。

川口では路上ライブやカフェでの店内ライブを行なっていますが、船橋ではふなばしミュージックストリート や親水公園で行われる花火大会で歌ったりと多くのイベントに関わらせていただいています。東武百貨店を音楽など盛り上げる「東武DE実行委員会」にも加わり、イベント企画なども行なっています。

また、つい先日船橋アリーナで行われた「千人の音楽祭」に出演させて頂きました。

山田さん

ふなおん

山田さんはどのようなジャンルの音楽を演奏されるのでしょうか?
2014年から、シンガーソングライターとしてギター弾き語りでのソロ演奏を中心として活動しています。

そのほかにも「NEXT GENERATIONS」という音楽グループにも所属しています。こちらは音楽家だけでなく役者としても活動しているメンバーも加えて幅広いエンターテイメントに挑戦しているユニットで、2017年に船橋駅前のきららホールでのワンマンライブを期に活動がスタートしました。

山田さん

音楽好きの父親が最初の先生

ふなおん

山田さんが音楽を始めたきっかけを教えてください
中学三年生の頃の文化祭で友達とバンドを組んで演奏をしたのが自分の音楽人生の始まりでした。ボーカルをやりたかったんですが、ジャンケンで負けてしまいドラムを叩きました。

父が音楽が好きでベースやドラムを趣味としていたので、最初の音楽の先生は父でした。父の影響で氷室京介やBOØWYの曲をよく聴いていた記憶があります。その頃に父がギターも買ってくれました。

山田さん

ふなおん

息子が自分と同じ趣味をやり始めたというのは、お父さんも嬉しかったのかも知れませんね。将来ミュージシャンになろうと思ったのはいつ頃だったのでしょうか?
高校生に進んでからどんどん音楽にのめり込んでいって、軽音楽部に所属して文化祭で演奏したり、部活動だけでは物足りなくて他の友人とバンドを組んでライブハウスや近所のお店のイベントなど学外でも演奏をするようになっていました。その頃は「DOES」など、邦楽ロックバンドのコピーをしていました。

高校2年生くらいの時からソロ演奏にも取り組み始めて、柏のライブハウスなどでも演奏していました。その頃から、将来は音楽の道に進みたいと思うようになっていました。

山田さん

ふなおん

高校卒業後はどのような進路に進まれたのでしょうか?
将来的に音楽家になるにしても演奏だけで食べて行くのは難しいだろうと思って、都内の専門学校に通ってギターの先生になるための勉強をしました。その学校は新聞奨学生の制度があったので、新聞配達をしながらギターの勉強をするという生活を送っていました。

山田さん

ふなおん

それでは卒業後はギター講師の道に?
これは自分の考えが甘かったところだったのですが、専門学校を卒業したからといってすぐに講師の仕事に就けるわけではなかったんですね。そのため卒業後はいったん取手の実家に戻って、アルバイトをしながら演奏活動に取り組むことにしました。ソロ活動では柏での路上ライブや、専門学校の仲間と組んでいたバンド活動ではライブハウスでの演奏などを行なっていました。

山田さん

コンプレックスを覆した衝撃の出会い

ふなおん

地道な活動を続ける中でステップアップしていったのですね。山田さんの音楽活動の転機になった出来事があれば教えていただけないでしょうか?
島村楽器が主催する「アコパラ」が大きな転機になりました。このイベントは全国規模で行われるアコースティック主体の演奏者が参加できるコンテストなのですが、各店舗で行われる予選を突破して千葉地区大会に出場することができたんです。

残念ながら全国大会に出場することはできなかったのですが、そこで自分の音楽人生を一変させる出会いがありました。

山田さん

ふなおん

もしかして審査員に見初められた、とかですか!?
その逆です(笑)

その大会の審査員の一人が船橋を拠点に活動している小松優一さんだったのですが、最後の審査員による特別演奏での小松さんの歌声に衝撃を受けました。

男性ボーカルは声が高い人が重宝される傾向がありますが、自分は声が低いことを歌手としてコンプレックスを感じていた部分がありました。そんな時に小松さんの歌声を聴いて「低音でもこんなにかっこよく歌えるのか…!」と感動したんです。

自分があまりに感動している姿に、その場に来てくれた友人からも「話しかけてこいよ」って言われたくらいで。その時は勇気が出なくてCDを買って握手してもらうくらいしかできなかったんですが、後日ホームページから連絡を取りました。

山田さん

ふなおん

そこから小松さんに弟子入りしたんですか?
はい。ボーカルレッスンを受けることになりました。さらにレッスンを続けていく中で、小松さんが拠点としている船橋での演奏機会もご紹介頂いて、そのご縁がどんどん広がっていくことで船橋がすっかり自分の音楽の拠点となったんです。

山田さん

日常の楽しいことを切り取って楽曲を創る

ふなおん

山田さんは演奏するだけでなく、自身で楽曲も作成されていますよね?作る曲のテーマはどのようなものが多いのでしょうか?
基本的には自分が楽しいと感じたものを伝える作品を作っています。ふと見上げた空の景色など、日常の風景を切り取った作品も多いです。そのほかに恋愛ソングもいくつか作っています。

山田さん

ふなおん

恋愛ソングもご自身の楽しかった体験を基に作っているのですか?
自分の実体験に基づく作品も多いですが、実は恋愛ソングに関してはaikoさんや槇原敬之さんに影響を受けている部分もあります。恋愛という体験は同じかも知れないんですが、お二人ともその切り取り方がうまいなーと感じます。お二人のように「本質を切り取って表現する」ことができるアーティストになりたいと思っています。

山田さん

ふなおん

他に目標としているアーティストはいますか?
目標というか、存在として憧れているのは「東京事変」です。東京事変の武道館での解散ライブに行ったのですが、そこで音楽のエネルギーの大きさを体感しました。

人って音楽でこんなにも幸せになるのか…いつかも音楽でこれくらいたくさんの人を感動させたい、と思っています。

山田さん

船橋への想いと今後の展望

ふなおん

山田さんが思う船橋の良いところ・もっとこうだったら良いのにというポイントを教えてください。
音楽関係のイベントが多いのが良いですよね。また街のイベントで演奏させて頂いても、みなさん音楽に慣れ親しんでいるためか、他の場所で演奏するよりも盛り上がり方が強いように感じています。演奏する立場としてはとてもありがたいです。

街へのリクエストを強いて挙げるとすると、路上ライブのみならずもっと自由にパフォーマンスできる場所があると良いのにと思う部分があります。少し前にイタリアのシエナに旅行に行ったのですが、路上ライブのみならずマーチング演奏をしている人もいて、街中に音楽があふれているような感覚でした。あんな風な街になったらもっと楽しいだろうなと思います。

山田さん

ふなおん

最後に、山田さんの今後の展望をお聞かせください。
シンガーソングライターとして武道館で歌えるくらいのアーティストになりたいというのが夢ですが、そのためにはまずは身近な人に伝わる音楽を奏でることを大切にしています。身近な人を幸せにできないと、それより多くの人を幸せにするなんてできるわけがないと思うので。

直近のチャレンジとしては、2020年4月に自分の第二拠点である川口の近くの埼玉県蕨市での単独ライブに取り組む予定です。船橋で開催したほうが頼れる人も多いのですが、船橋で学んだものでどこまでできるのかを一度試してみたいと考えています。

山田さん

山田翔(やまだしょう) – 歌手/音楽家

 

1993年8月14日に茨城県取手市で生まれる。

 

「自分が楽しいと思うことを探し、表現する。みんなの ”楽しい”を追求する」をモットーに、日常に寄り添った楽曲を制作・歌唱し、活動中。

現在、成美学園グループ音楽事業部校舎リーダー兼音楽講師として取手校舎に勤務。

 

埼玉県川口市や蕨市周辺にて路上ライブを行うほか、カフェにて単独ライブを開催。

 

 

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